HOMEDOCTOR’S EYE若手医師が語る国際医療奉仕団ジャパンハート代表 吉岡秀人 先生

国際医療奉仕団ジャパンハート代表 吉岡秀人 先生

クローズアップドクター

日本が誇れるNGO団体を

吉岡 秀人(よしおか・ひでと)

【プロフィール】

吉岡 秀人(よしおか・ひでと)

1965年8月 大阪府生まれ
1992年 大分大学医学部卒業
大阪、神奈川の救急病院で勤務
1995〜1997年 ミャンマーにて医療活動
岡山病院小児外科
川崎医科大学小児外科
2003年 ミャンマーで活動開始
2004年4月〜 国際医療奉仕団 「ジャパンハート」設立
2006年 「海を越える看護師」設立

世界中の国の中でミャンマーという国に目を留められたきっかけを教えてください。

私はそもそも海外で医療活動をする為に医師になりました。ですからどこでもよかったというのが正直なところです。たまたまミャンマーの医療を頼んで来られた方々がいらっしゃったのですが、そこには深い事情がありました。
第二次世界大戦中、ミャンマーでは30万人の従軍日本人兵士のうち約20万人が亡くなりました。実はそのご遺族が戦後も現地へ慰霊をされていました。
日本とイギリスが激戦をした町があるとき大火に見舞われ、町の半分くらいが燃えたのですが、そのときちょうど訪問中のご遺族の慰霊団は火傷を負われた多くのミャンマー人が病院の前に放り出されたままになっている状況を目の当たりにしたそうです。そこで、ぜひ現地へ行って助けてやって欲しいと頼んでこられたのです。実際に出向くと様々な事情に直面しました。第二次世界大戦当事、アジア人というのは植民地の宗主国から見ると人間と動物の中間のようなものだったそうですが、見つかれば殺されるにもかかわらず本当に多くの日本人がミャンマー人に助けられました。そのような話を聞くと、やはり私も日本人としてミャンマー人に何か返さなければならないと思います。また、日本に帰国すると、ミャンマーがどれほど劣悪な環境かが分かります。そのような中で日本人を助け、かつ彼らも生きていかなければならないという事がどれほど大変だったかが身に沁みて分かります。もちろん、ミャンマーの医療事情が劣悪だということも理由の一つではあります。

先生が設立された「ジャパンハート」というNGO団体についてぜひお聞かせください。

現在、ジャパンハート以外の日本の組織は欧米の方法論を頼った組織が多いのが現実です。日本の企業は50年かけて経済で欧米を追い抜いたのに、我々ボランティアという文化の世界では相変わらず欧米で学んだ方が日本で組織を設立するという状況です。
例えばトヨタやホンダが自動車業界に存在しなければ、今どうなっているかを想像された事がありますか?航空業界と比較していただくと分かりやすいのですが、飛行機は作ってよい国が決められており、ヨーロッパで1社・アメリカで1社です。皆さんあの形が当り前だと思っていますが、お世辞にもスマートな形ではありませんし燃費も良くなっていません。ところが自動車業界はまったく違います。形は非常に繊細になっているし、とても燃費が良くなっています。日本人が参加する事によってこの違いが生まれたのではないかと私は考えています。トヨタもホンダも世界的な企業を創ろうという意志があったのです。自分達が世界に向かって発信する、あるいは自分達で新しいものを生み出そうという最初のたった1点のみだったのではないでしょうか。
そこで私は、世界に向かって発信できる日本人オリジナルの組織を創ることが大切だと思いました。
世界的組織になるかどうかは分かりませんが、その必要条件は意志だと思います。あとは十分条件を自身でどのように生み出していくかにかかっているのではないでしょうか。つまり、日本の他の組織は欧米で学んだ方を中心に組織を膨らましているのですが、我々の組織はトヨタやホンダなどと同じような方法を取ろうと決めたのです。すなわち、自社で技術者を育てることを大切にしその人達を海外で学ばせた後、世界に向けて分散させるといった方法です。
違いは、組織に対する忠誠心や帰属意識です。ジャパンハートの中でも、より信念をもって取り組んで頂いている方々は、私一人では決して出来ないことを世界中に分散してやり遂げてくれると考えているのです。
現在、ネパールの医療にも活動を展開し、来年はカンボジアとインドで活動しようと考えています。私がジャパンハートを設立してから3年半ほどで年間約160人の医療スタッフと関わりました。そしてあと3年以内に年間の延べ人数を1000人近くまでにしたいと思っています。日本の医療ボランティア組織といえばジャパンハートだと言われるように生まれ変わって行き、そして2015年までに世界の組織にしていきたいと思っています。

先生の組織のメンバーで当社の登録看護師さんが複数名いらっしゃると伺っております。その中でも大阪支社登録の舟橋智恵(フナハシ チエ)さんという方の存在は大きいように思いますが。

はい。東京と大阪に専属のスタッフを置こうと思っているのですが、実はその中に舟橋さんも含まれています。大阪事務所はすでにありますが、東京は今年の4月に事務所を構えることになりました。
私にとっては彼女のようなボランティアメンバーの収入をどのように確保してあげるかというのも大切な問題です。ぜひ御社のような会社でボランティアのための資金を貯めていただきたいと思っています。なぜなら、彼女達が受け取っている社会からのリスペクトは「無償で働くこと」に非常に大きな価値があるからなのです。一般的に日本社会では、ボランティア組織に入っている人であればリスペクトを受けます。しかし、「ボランティアをしています」といいながら多くの人は通常の給料あるいは何らかの報酬を受け取っています。本当のボランティアをしている人は殆どいません。一方、ジャパンハートは本当のボランティアです。資金はほとんど現場に投入しています。しかしそれに対して不平を言うスタッフは誰もいません。なぜなら彼女達はそれ以上に社会からのリスペクトを受け、それが支えとなっているからなのです。「ボランティア中の生活資金はどうされているのですか」と聞かれた時に、「日本で働いて貯めたお金を使っています」と言うのと「僅かですがお金が出ています」と言うのとでは相手の反応が全く違うのです。社会から撥ね返ってくるそうしたフィードバックが彼女達の誇りになり、2年後や10年後に彼女達を形成する大きな根幹になるのです。「私は少なくとも2年間無償で働いた」というそのプライドが彼女達を一生支えます。それは非常に大きいと思います。
しかし、そうしたボランティアであればなおさら永久にできるものではありません。ですから、彼女達の収入をいかに保証してあげるかというのが私の大切な問題の一つです。

当社としても、ボランティア資金を貯めたいと思っていらっしゃる登録看護師さんのお力になれていると思うと嬉しいです。

そうですね。看護師や看護学生の持つエネルギーの強さと深さは本当にすばらしいものです。

確か2006年に、看護師さんが主体となる国際医療ボランティア組織が「ジャパンハート」から独立したと伺いました。その「海を越える看護団」というNGO団体についてもぜひお聞かせください。

先ほど述べたように、看護師さんのエネルギーには本当にすばらしいものがあります。これからは女性の時代ですし、男性のほうがサポート側にまわるという時代の流れにあった組織創りが大切です。時代のパワーは大きな川の流れですから、その流れに乗って前へ進むべきだと思います。これからは看護師が中心の組織編成をし、それを医師団がサポートしていく時代です。
例えば、癌やエイズで亡くなっていく子供達を映像で見た時に、皆さん気の毒だと思いますよね。ところが医師団はそういう子供たちにはなかなかかかわる時間が取れないのです。医師は治療するのが仕事だからです。すでに治療対象にならない子供たちに薬やお金や時間を投入することが難しいのです。すると、アジアでそういった子供達は医療の手から零れ落ちていくのです。欧米的な人道支援の考え方は「限られた資金の中で、より効率的に動くにはどうしたら良いか」というものです。いずれ死ぬと分かっている子供へ大量の資金を投入するより、治る子供にそれをシフトしようという考えです。これまで私はそれを目の当たりにしてきましたが、どうも人として違和感が残ります。死ぬと分かっているから何もしないというのは本当に正しいことなのでしょうか。
そこで、欧米的ではないもっと違った考えを世の中に示さなければと思いました。エイズの子供達にも残された人生がまだ数年か数ヶ月あるのです。その間に「life」という言葉を「命」ではなく「人生」という言葉に置き換えた医療を世界に示さなければと思いました。つまり、心を救う組織として医療組織を生まれ変わらせ、心を救う過程で肉体を救うという考えを世界に向かって発信しなければと思ったのです。心を救うという事に関して言えば、看護師の方がより自由度が高いですし、それは医師や看護師の免許がなくても可能な行為になるのです。
こうなれば、これまで医療資格者で囲い込んできた医療の世界を一般の方々に開放することが出来ます。いいことしたいと思った誰もが関われるものに医療が生まれ変わる事が出来ると思います。大切なことは、組織を緩やかな囲いにしておくことです。入って来るのも出て行くのも緩やかにすることによって、私の能力だけではなく、関わる多くの方々の能力によって組織を大きくすることができるからです。最も長い付き合いの内の一人である舟橋さんの能力や様々な人の能力を合わせ、また多くの人が彼女達の話を聞いて感化され、海を越える看護団がどんどん大きくなっていくのを実感します。

長い時間をかけて組織が変化していくのはとても楽しみだと思いますが、それ以外にも取り組んでおられることはございますか?

ライフワークをただコツコツと取り組むだけです。私はいつも『有限の時間に無限の一刀』と書きます。私達が生きている有限の時間の中に、時間に制約されない一刀を打ち込むということです。例えば、Aさんが1ヶ月・Bさんが3ヶ月・Cさんが3週間の登山をするとします。それぞれに登る時間が違いますが、時間的制約の世界観の中では結果的に人はより高く登ろうとするようになります。しかし私の感覚は違います。なぜなら私には時間がないからです。この山を一生かけて登りつづけなくてはならないらとなった時、私の中から時間的観念が消失します。そうして初めて私は高く登る事の無意味さを知りより高く上るという行為を捨てるのです。それより山辺に腰掛けて青い空を眺めてよう、鳥を見よう、野花を摘んでみようと発想が全く変わります。先を急がなくなると見える世界が全く変わります。
例えば60歳が定年の仕事、それはライフワークにはなりません。しかし、皆さんの仕事を「人として人を育て、素晴らしい機会を与えるもの」という発想に切り替えたとき初めて生涯の仕事、すなわちライフワークに変わるのです。また、ライフワークを見つけるためのヒントは今の仕事の中にしかないと思います。ですから、この仕事を中心にヒントを見つけて自分のライフワークに繋げていくという発想を持つことが大切だと思います。そして、仕事もすべて自分の人生そのものにフィードバックしてなければ意味がありません。例えば、看護師として患者の脇下の汚れや感染に気をつけていながら、帰宅して廊下にゴミが落ちているのにも気付かなければ自分の仕事が自分の人生に還元できていない、という事になってしまいます。

では、先生のライフワークを通じてのご苦労ややりがいなどをお聞かせください。

難しいですね。医者や看護師がモチベーションを維持する上で一番大切なことは、患者から評価や感謝や期待をされることです。なぜなら、人は自分のことが分からないからです。例えば、「貴方はどんな人ですか?」と質問された時、「私はメディカル・コンシェルジュで働く○才の女性で、右のまぶたにホクロがあって、髪の毛はショートで…」と答えるとしましょう、それを生まれて一度も目が見えたことがない少女に言っても分かりません。
ただ、実はその目が見えない少女が貴方自身なのです。人は自分のことが分からない、価値のある人間かどうかも分からないからこそ患者からの言葉や表情で当てはめるのです。患者が喜んでいる、子供を助けてその家族が本当に嬉しそうにしている、それを見て初めて自分が感謝される価値のある人間であるという自己認識を起こすのです。ですから感謝とか感動とかお礼とか喜びなどといった感情は人にとって本当に必要なものであり、それが海外で働く彼らのモチベーションに変わります。
ですが、私にはそういった自己認識が全くありません。仕事はやりますが、感謝は必要ないのです。ですから冒頭で「難しい」と申し上げました。例えば、私は自ら手術した患者や子供の前には一切出ません。彼らは誰が手術したかも知らず、直接触れ合った看護師や若い医師に感謝を言います。しかし私はそれでも全く平気なのです。ある時期までは、私も感謝や喜びなどを原動力に動いていたのに、どうして私はこんな風になってしまったのだろうとずっと考えていました。常に霞を食べて生きていられる状態なのです。おそらく、感謝の言葉がなくても、自分は「ありがたい」人間であるという自己認識が起こっているのではないかと思ったのです。それを突き動かしているものはプロ意識なのでしょう。自分の存在にかけてこれを成功させるという、そんな意識が継続して起こっている状態なのだと思います。

すばらしいですね。恥ずかしながら私はまだ継続して起こったことがありません。

私もいつなったのか分かりませんし、きっと自然になりますよ。自分の欲を手放し、チャンスがあれば自身のところで留めないことが大切です。また、「自分の人生をより豊かに生きる」という考え方も非常に大切です。そこで必要なのは、自分の人生と他人の人生が重なるように生きていくことです。しかし、他人のためばかりを思っていては駄目です。自己犠牲とはそんなに簡単に出来ることではありません。ではどうすればよいでしょう。簡単です、自分の人生を豊かにすればよいのです。そして周りを豊かにしけば良のです。私が豊かになり、私の家族が豊かになり、私の周りの人が豊かになり、そしてどんどんその輪が広がっていけばよいというのが私の考え方です。
これは私のお願いですが、今度は皆さんの考え方を私の考えに付け加えて、全く新しい考え方を生み出して欲しいのです。そして、また皆さんから受け取った人が新しい物を生み出して伝えていく。こうして人と人とが点と線で繋がり、その人達が海外に飛び散ってさらに伝えていく、それがこれからのあるべき姿だと思っています。
実は、2015年までに実現しようと思っていることがあります。この年代は日本が世界の中での評価が急速に落ちていく時期だと思っています。これまで日本は経済的に豊かだというだけで尊敬を受けていましたが、それだけでは世界と付き合っていけない時代が来ます。それまでに、猿真似でない文化的に価値のあるものを世界に向かって生み出さなければ、私達の時代に受けられた尊敬を私達の子孫は受けることができないと思います。戦後はトヨタやマツシタといった方々が世界一の企業を作ってきたのですが今はスポーツ選手くらいではないでしょうか。そういう時代が来てしまいます。
世界を相手にしないといけない時代に突入したときに、自分と同じ国籍の中に目指す人が誰もいないのは寂しい事です。だからこそ私は子孫のためにそれを作ってあげたいのです。これからは医療やボランティアなど、「文化」をもってして初めて世界から尊敬されると考えています。2015年には日本一かつ世界的にもオリジナルな組織にしたいと思っています。そしておそらく看護師のみの海外ボランティア組織は世界でも初めてだと思います。多くの看護師が希望されると思います。

最後に、日本の医療有資格者の方に励ましのお言葉をお願い致します。

今、看護師の大量退職が深刻な問題になっていますよね。
おそらく他人に人生をコントロールされたくないというのが一つの要因だと思います。朝8時に出勤して申し送りをする、医者からの指示で動く、1時間の昼休みの後、夕方5時の申し送りを経て帰宅。 これは全て自身がコントロールしていることではありませんし、それが続くと疲れます。なぜなら、人は自分の人生を自分で決定して生きたいと本心では思っているからです。
私はそれを叶えてあげられるような病院づくりが急務だと思います。
例えば、軍隊には厳格なルールがあります。輪の秩序を乱すと部隊全滅の命の危険があり、結果自分の命にも関わるからです。自分の命を守っているそんなルールに反対する人はいませんよね。 今の病院のルールは誰のためのものなのか分かりませんし、看護師もそんなルールよりも自分の人生をより豊かに生きたいと思っています。ですから、看護師の人生をより豊かにするようなルール作りをしてはどうでしょう。
例えば、1ヶ月間の休みが取れる制度を創ったらどうでしょうか。きっとそんな病院には皆さんこぞって入職すると思います。創るとそこにルールが生まれ、それに合ったように人が動き、病院が動き出します。そして、病院の中に保育所を作ります。看護師さんはそこに格安で預けられるようにします。その代わり地域の子供も皆さん預かります。何かあったときは病院内の小児科医や看護師が対応すれば、それ以上安心な保育所はないと思います。看護師さんからお金を取らなくても地域から人が来ればそれで十分です。病院で保育所を囲い込むことなく地域に緩やかな開放をすることで大型の保育所を維持できますし、小児科医・看護師は元々いる人材です。地域の人も看護師さんも助かるのであれば、そのような病院の存在意義は非常に高いですし、看護師さんにも働きたいと思っていただけます。
別のアイデアもあります。例えば皆さんに病気の子供がいて、1週間後の再診の前に主治医から「調子はどうですか?」と電話があったら嬉しいでしょう。嬉しかったら家族もその病院を受診します。そういったわずかな手間とお金でそれだけのサービスができます。主治医と患者との密な関係性、それが本当のサービスだと思っています。
皆さんにはぜひ働き方のルール、そのアイデアを出し合って自分の人生を豊かに生きて欲しいと思います。そして患者さんの人生をも豊かにし、そうして皆さんの輪をどんどん広げて欲しいと思います。

「ジャパンハート」: http://www.japanheart.org/
「海を越える看護団」: http://www.nurses-os.org/

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